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2011年8月27日 (土)

記号としての文字

今日ラジオを聞いていたら、アメリカでは筆記体の書けない若者が増えているといっていた。
すると大統領の一般教書演説文を読めない人が増えるのではといっていた。
筆記体を書けないことで筆記体を読めない人が増えるかもしれない。でも今や一般教書演説はネットでテキストとしても動画でも見ることが可能だから、筆記体を読めなる必要性は低いのかもしれないと思った。

ここで漢字について考えると、草書体を私はたぶんと読めないであろうし、草書体を自ら読もうとは思わない。(でも筆記体はならったので多分読める。草書体は習っていない。)
そして漢字の書き順を正しく覚えることは本当に大切なのだろうかと思う。
たとえば右と左で横棒の書き順番は違う。漢字の成り立ちが違うから書き順が違うのだろうが、記号としても時事をとらえた時に書き順は問題ではなくなるのではと思う。(書き順を間違えることを正当化しているのでよくないお思いだということは十分わかっている。)

文字がデジタル情報として多く流通するようになり、プリントなどが手書きが減り文書作成ソフトなど作成されで印刷されることから、文字が記号としての役割が高まっているのではないかと考える。

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